桐朋小学校の教育とは

桐朋小学校校長  武藤 昭

 今、子どもたちは、飢えることもなく、あり余るものに囲まれて生活しています。しかし、子どもたちが恵まれているかというと、決してそうではありません。たとえば、放課後、安心してあそべる遊び場やゆったりとした時間もなく、いっしょに遊ぶ友だちもいないのが多くの日本の子どもの現実です。私たちは、こうした子どもたちの現実に根ざして教育活動をすすめていきます。



● 顔が見える学校を桐朋小学校の学校改革

桐朋小学校は2004年度から学校改革をすすめています。私たちはこの学校改革の理念を端的に表すことばとして、「コミュニティーとして成立する学校」「子どもたちの顔が見える学校」と呼んでいます。制度的には今より少人数の学校規模にしていきます。すでに2004年度の1年生から1クラス24名の3学級、1学年72名の規模となりました(従来は、1クラス36名の3学級、1学年108名)。これは順次進行し、低学年は243学級・学年72名、中高学年は362学級・学年72名、2009年度には全校432名の学校規模となります(従来は、全校648名)。現代の少子化、情報化の社会の中で、いっそう個に応じた教育をすすめ、コミュニケーションや集団を形成する力を育てる教育という一見相反する二つの要素を顔が見える学校の中で追求していこうということです。

「顔が見える学校」とはどんな学校でしょうか。子どもたちにとっては、そこにいる人々を実感できるクラスや学校をつくる、ということです。教職員にとっては、実質的に全校の子どもたちを全教職員で育てていこう、という改革の理念です。

子どもの発達段階に応じてさまざまな集団組織を用意することも改革の大事な理念です。すでに述べた低学年段階における24人のクラスサイズはその典型でしょうし、中高学年段階における分割授業やチームティーチングの導入など、授業場面における実質的に少人数化を図ることも実践しています。

また、高度に発達した情報化社会にあって、子どもたちが学習する内容には専門性が求められます。私たちはこれに対応するために、専科制を今より拡大する方向を考え、担任としてクラスの授業を一定部分持ち、専科として他クラスの授業を行う、ゆるやかな専科=担任制を高学年にあっては検討しています。

豊かな感性を育む

私たちは、まず子どもの感性を豊かにします。学校の日常生活のなかで、教室の授業をとおして、自然広場や理科園や畑で出会う身近な自然や、八ヶ岳高原寮での合宿生活など、さまざまな場面で豊かな感性を育てます。
 この時期に身につけたみずみずしい感性は生涯の宝物となります。人の成長は、その時どきにそれぞれ敏感に働くところがあり、その時期に身につけたものは、一生持ち続けることが多いのです。私たちは、できるかぎり本物に触れさせる教育を行い、まっとうな、豊かな感性を子どもたちが持つよう心がけていきます。
 また自分のメッセージを人に伝えたい思いは、人と人の結びつきの基本です。1年生から国語などの教科で、話すこと書くことをとおし、その感性を指導しています。ことばの世界だけではなく、音楽の歌声やリコーダーの演奏、美術の制作、体育では民舞の踊りなどによりこの力を育ててゆきます。そのために音楽や美術や民舞は1年生から専科教員による指導を行っています。表現する感性は、人からのメッセージを受け取れる感性でもあります。私たちは、この力を大きく育てるよう努めています。

   ● 伸びやかな身体を育む
 小学校の6年間に子どもの身体はめざましく成長しますが、近ごろ子どもたちの身体からしなやかさが失われているといわれます。とっさの動きについてゆけず、手が出ないで頭にケガをしてしまう子どもがいます。身体が周りに対して閉じていると、実感で物事を感じとれなくなります。ゲームなどに代表される仮想の世界に取り込まれるとどうなるかは、最近のさまざまな出来事が物語っています。私たちは、身体と心は本来不可分なものであり、しなやかな身体と、心が世界に開かれている状態とを一体としてとらえ、家庭や学校で子どもたちが、五感をとおして生活することが今とても重要であると考えています。
 子どもの身体がしなやかであるためには、外で思いきり遊ぶことです。走ったり、上ったり、飛び降りたりする中で、自然にしなやかさが身についていきます。私たちは、そうした活動のできる環境を整えています。

   ● 確かな学力を育む
 私たちは、子どもの学力を充実させるため、選りすぐった、優れた文化財を教材にしようと研究し、努力しています。国語、社会、算数、理科、音楽、美術、体育の教科教育は、なんといっても学校教育の中心です。各教科では、まさに手作りの教材が作られ、日々実践されています。
 文学作品など、古典はもちろんのこと現代の作品も積極的に取り入れ、子どもたちがさまざまなジャンルの物語に出会えるようにしています。算数は全学年のテキストを本校で編纂し、筋道だった学習が出来るようにしてあります。桐朋小学校には各教科のたくさんの教材の蓄積があり、それらは大きな財産であると自負しています。
 児童期の学習で特に大切にしなければならないのは、具体的な物や事柄としっかり結びつけて学習が展開されなければならない点です。いずれ抽象的な学習を展開してゆくために、この時期は五感を十分に働かす学習が欠かせません。その一例として、低学年国語の草花の学習は、子どもたちが身近なところで採集した草花を教室に集め、名前を調べます。そして本校編纂の、草花について書かれた「読み方」教材により、その草花(事物)とことばを結びつける学習をします。
 算数では、キャラメルなどの実物を教材に使い、さらに「タイル」を活用して、数の世界を量としてとらえる授業をしています。実験・観察を重視した理科は、4年生から専科制をとり、専門的見地からの指導が行われています。

   ● 総合活動で、生きる力を育む
 桐朋小学校は1980年代より、総合活動を先進的に実践してきました。すでにさまざまなジャンルの実践が数多く行われ、その中で子どもたちが生き生きと活動しています。たとえば栽培活動がそれです。1年生から4年生までは校内の畑で、5年生と6年生は校外の畑で作物を作ります。社会科の学習と結びつけた、ごみの総合学習もよく行われます。4年生から始まる八ヶ岳高原寮での活動も、多くの総合的学習の要素を持ち、大自然の中で合宿生活をおくりながら展開されています。
 3学期は、例年演劇の活動が盛んになります。各学級で子どもたちが劇の台本を選んだり、自分たちで作ったり、あるいは、本校の教員が書いた台本により劇づくりを活発に行います。運動会で発表した「沖縄の踊り」を発展させて劇にした学級など、さまざまな活発な総合活動が展開されています。

その他、自分の身体を知る学習、戦争体験を聞き書きする活動、ヒロシマへの修学旅行の学習など、教科の枠を超える学習・活動、教科相互の内容を合科する学習・活動で生きる力を育てていきます。

   ● 子どもの主体性を育む 

子どもたちが、やりたいものを自ら実現してゆく力が衰退しているといわれています。大人の指示を待つ子ども、できれば他の人がやってくれるのを望み、あまり力を使わないで生活したい子どもが多くなっています。私たちはこうしたことを克服するために、低学年から学習その他の活動のグループを編成すること、学級でまとまって遊びを楽しむこと、掃除をすること、学級の係の仕事をすること、自治的なグループ・委員会に所属し活動すること、新入生歓迎会などの行事を企画、実行すること、自然広場の管理をすることなど、大事にしています。こうした自治活動をとおし、社会性を身につけるばかりでなく、活動の担い手としての積極性も獲得させてゆきたいと願っています。
 私たちは、頭も、体も、心も、どれもかかわりあって、生き生きと活動できる子どもをめざしています。

   ● 通信簿のない学校
 私たちの教育に対する姿勢を表すもう一つの切り口が、評価の方法です。桐朋小学校には創設以来、通信簿がありません。学習の評価はタイムリーに行い、子どもの学習にすぐに生かしてこそ意味があると考えるからです。つまり評価は、判決ではなく、進歩してゆくためにあるということです。通信簿よりも、年2回の個人面談を大切に考え、子どもそれぞれの状態、学習や生活全般について担任と具体的に話し合い、家庭と学校でともに力を合わせて子どもを育ててゆきます。したがって、テストも序列をつけるために行われることはなく、ましてや、テストの点数で人間の価値をきめてゆくようなゆがんだ意識を子どもに持たせないようにしています。また、学級懇談会も毎月開かれて、学習面や生活面について担任と保護者の懇談が行われています。

   ● 推薦制度と子どもの育ち
 幼年期、児童期、青年期には、それぞれの時代の育ちが必要です。桐朋学園では小学校も中学校も発達の時期に合った独自の教育実践を展開しています。桐朋小学校には、男子は桐朋中学校へ、女子は桐朋女子中学校への推薦制度があります。この制度により、いわゆる「受験勉強」をせずに例年、ほとんどの卒業生が、両中学校に推薦され、進学しています。両中学校とはさまざまな交流が行われ、学校間の連携が大切にされています。
 この制度は、今まで述べてきたようなその時期、その時期の育ちを実現してゆくために優れたものです。教育の目的を、自らの人生を自らの手で切り開いてゆける人間を育てることと捉えるので、長い目で子どもを見てゆく必要があります。桐朋学園では、それが制度の上でも保障されています。

 こうした多様な教育活動を進めていくとき、担任と専科教員が協働して一人ひとりの子どもに関わっていきます。私たちは、このような教育実践を通して子どもたちの未来に夢を託し、保護者の方々とも力を合わせて、子どもたちを育んでゆきたいと願っています。