初等部 園長・校長コラム「風」

2年に1度の音楽会 [Ⅱ-142]

 2017年12月8日(金)、府中の森芸術劇場で桐朋小学校の音楽会を行いました。
 歌とリコーダー演奏は、つぎの曲でした。
 1年生 〇あきのきかんしゃ 〇ことりとぶどう 〇くまはなぜふゆねむる 〇はじめの一歩
 2年生 〇合唱曲集『のはらうた』よりメドレー「はるがきた(うさぎふたご)」「あきのひ(のぎくみちこ)」 〇だれもしらない 〇あしおと 〇出あいの歌
 3年生 〇みんなみんなワルツ 〇リコーダー「小鳥」「こもりうた」 〇夕日がせなかをおしてくる 〇12月のうた
 4年生 〇天使の羽のマーチ 〇リコーダー演奏「走れ シベリア鉄道」 〇だれもいそがない村 〇夕やけに拍手
 5年生 〇未来行きEXPRESS 〇リコーダー演奏「パッヘルベルのカノン」 〇君をのせて
 6年生 〇旅立ちの時 〇アルトリコーダー演奏「トロット」 〇見えない翼
 全員 〇ぼくたちうたうっ! 〇COSMOS 〇夕やけのうた

 自分の体を使って出す自分の声、リコーダーの自分の音、一人ひとりがその個性を響かせます。
 お互いの音に耳を傾けて、音楽を奏でます。

 低学年の子どもたちは体全体から湧き出る声が、中学年の子どもたちはまっすぐでエネルギッシュな表現が、高学年の子どもたちのハーモニーを意識した響きが、ホールいっぱいにひろがっていきました。 
 普段仲良しの人とも、あまり話さない人とも、お互いの気持ちと音を重ね合わせて気持ちのいい音をつくり出し、味わったことでしょう。
 子どもたちの声や演奏を聴いた後、指揮者佐渡裕さんが「音楽がもつ本質的な力」について語られていたことを思い出しました。その本質的な力とは、「異なる価値観を持つ人々が、ともに生きることを肯定すること」でした。この音楽会も「ともに生きることを肯定」していたのではないかと思いました。
  
 会場のみなさま、子どもたちの表現をよく聴いてくださり、たくさんのあたたかい拍手を送ってくださり、ありがとうございました。

 

創立62周年を迎えて ―務台先生と「道徳」- [Ⅱ-141]

 11月20日は、創立記念日でした。初等部は62周年、女子中学、高等学校は76周年を迎えました。この日が創立記念日になったのは、1942年、桐朋女子中学、高等学校の前身「山水高等女学校」の新校舎落成式の日だったからです。
 1947年、「桐朋第一中学校」(国立の男子校)と「桐朋第二中学校」(仙川の女子校)として、学園は第二の出発をしました。両校の理事長・校長が、東京文理科大学学長の務台理作(むたいりさく)先生でした。桐朋の名称は、東京文理科大学、東京高等師範学校の校章「桐」に由来し、務台先生が名付け親でした。
 先生は、戦後教育改革の中心人物であり、教育刷新委員会の一員として教育基本法作成に貢献した哲学者でした。教育基本法の精神「生徒一人ひとりの人格を尊重し、自主性を養い、個性を伸張するという、ヒューマニズムに立つ『人間教育』」を桐朋の教育理念の基本に据えました。この理念は今日まで受け継がれています。
 先生は、「ヒューマニズムの原理」「人間性の確立」を根本におき、「道徳教育と道徳論」(1952年)、「現代の道徳」(1954年)などを書かれています。2018年度より「道徳科」がはじまり、改めて先生の論文を学び直しています。考えさせられるのは、道徳とは何かということです。先生は、「道徳は歴史とともに変遷するもので、歴史を越えて永遠に妥当するような道徳の原理は存在していない」、「戦争においては少しでも多く敵を殺し、これを欺き、これを奪うことがかえって戦功として賞賛されるのではないか。仁愛・正義・誠実・寛容の諸徳、自由と平等の原理も敵に対しては例外となることを余儀なくされる」と言います。
 また、当時、原爆や水爆実験、軍備の問題などに向き合い、「道徳問題は、現在では個人の道徳的良心の問題だけでなく、世界人類共同の運命に関する最大の問題になった。この最大の問題にふれずに、倫理・道徳をただ個人の内面的良心の問題のみに押しこむだけで満足していることは、まったくの時代おくれといわねばならぬ」と言います。戦争への危機と不安が増す現在だからこそ、大事な指摘だと考えます。
 初等部では、①人権を核に考える ②自己と他者を理解し、他者とともに生きる ③自分たちでルールやモラルをつくっていく[道徳性を育てる教育]をすすめます(詳細は後日説明)。
 例えば、自治で「みんなの声(=意思表明)で学校(=自分たちのコミュニティー)をつくっていく」経験、「自分たちの学校を自分たちの意見でつくっていく、その力が自分たちにはある、あるいはその力を獲得していく」ことです。実生活で起きる矛盾や対立を共同的な対話を重ね、自分の行動や考えを組み替えていく過程を大切にします。子どもたちの関係が組みかわり、学級に自由や人権、思いやりをひろげます。
 教科や総合学習においても、道徳性を育くみます。例えば、これまで歴史の中で「平和」や「人権」などがつくり出された共同性の事実に学びます。二度と戦争を繰り返さないために歴史を学ぶことは重要なことです。「環境」「食糧」「核」など、現在、私たちはさまざまな問題に直面し、それに向き合い、考える素地を育てます。
 創立62周年を迎えて、これまで大切にしてきたことを踏まえ、一人ひとりが学校をつくる主人公となり、社会の主人公となりゆくための根っこを育てる教育活動を発展させていきます。

※11月22日、初等部同窓会サイトが公開されました。http://www.tohosengawa.com/です。学園をつくられた生江義男先生、当時の校舎と子どもたちの写真などが見られます。

先生たちからの贈り物[Ⅱ-140]

奥山先生の作品笠松先生の作品須賀野先生の作品
大好きな子どもたちの傍に作品を!卒業生がつくってくれました子どもたちの願いの木

 初等部には、子どもたち、先生たちの作品がたくさんあります。一人ひとりがちがい、かかわりのなかで、変化、成長していきます。そのことは、作品にもあらわれてきます。

 今回、先生たちの作品をとりあげます。高学年玄関にある奥山先生、笠松先生の作品、しぜんひろばにある須賀野チイ先生の作品です。
 私は今までいくつもの学校や病院、さまざまなところに壁画を取り付けてきましたが、いつもそのとき考える大事なことがあります。それは、その建物を使っている人たちが、何を一番大事にしているかなということです。
 私は、この学校の卒業生です。だからかもしれませんが、この学校の先生・子どもたちが、きっとたいせつに思っているであろうことは、なんとなくわかります。おたがいの愛情や、豊かな思いやりの心は、なのものにもかえがたい宝物です。そんな宝物がいっぱいつまった、花車のような学校のイメージが、みんなにとどくといいなあと思っています。(奥山雄輔先生)

 桐朋小学校のみなさんへ
 大地から養分を取り、生長していく樹。柱になったり、家具になったり、食器や楽器になったりすると、樹は、木になります。私は、このように樹と木を区別して、います。
 長い年月を生きてきた樹、私は、それに劣らない年月を木として生かしたいのです。求める形から、流れるような木目の美しさも出てきます。彫る時の緊張感、ノミをたたく木槌の音、木屑の匂いが、いつも私を夢中にされます。(笠松八束先生)

 ある一つの世界 1 1957年の作品
 「ある一つの世界」「どんな世界ですか?」と問われ、
 「その世界は何一つない広大無限の世界です。でも、すべてを含んでいます。」この様な感じはしても知的に答える術を知らなかった。
  辿り着いたこの世界の門は狭く、線になるまで自己と作品を削らなければ、容易にその門は潜れない。
  この後、この世界の意味を探求するため、木彫に変わる。(須賀野チイ先生)

  『愛と祈りのかたち 須賀野チイ作品集』[須賀野チイ自作年譜]より
  
  どの先生も、どの作品も、子どもたちとのかかわりを大切に、励ましつづけてくださいます。

桐朋小の被爆アオギリ2世[風Ⅱ-139]

先週のアオギリ本日のアオギリ幼稚園の子どもたちがご近所の永野農園さんの畑で芋堀りをしました永野さんには長い間たいへんお世話になっています世界の子とどもたちとスポーツをたのしむ大学生のみなさんいっしょに活動をした3年生は大喜びでした

 広島修学旅行より戻り、6年生「トピックス」の授業を再開しました。まずはじめ、以前にいただいたアオギリを紹介しました。
 アオギリの苗木は、2009年10月、6年生の広島修学旅行でいただいたものです。正式には、「被爆アオギリ2世」と言い、広島・平和記念公園の「被爆アオギリ」(*)から実生で育ったものです。ずっと鉢植えのままで、大きく伸びることができず、かわいそうなことをしてきました。できるだけ早くに、しぜん広場に植え替えよう、「このアオギリがすくすく成長し樹高、十数メートルになる」のを見守りたいと思います。

 ここからは、2010年4月のコラム風(武藤昭先生が書かれたもの)より引用させていただきます。
*この「被爆アオギリ二世」には次のようなメッセージが付けられていた。
 昭和20年(1945年)8月6日、爆心地から北東へ約1.3km、広島市中区東白島町の旧広島逓信局の中庭で被爆したアオギリは、爆心地側の幹半分が熱線と爆風により焼けてえぐられましたが、樹皮が傷跡を包むようにして成長を続け、焦土の中で青々と芽を吹きました。その後、被爆アオギリは昭和48年(1973年)に平和記念公園に移植されましたが、“平和を愛する心”、“命あるものを大切にする心”を後世に継承するため、この被爆アオギリが実らせた種を発芽させて育て、成長した苗木を「被爆アオギリ二世」と名付けて配布しています。皆さんの手で大きく育て、平和の尊さを伝えていってください。
 
 なぜ、修学旅行のあと学校に持ち帰れたかというと、旅行会社添乗員の長沢さんが原爆資料館で、ぼくに「被爆アオギリの苗木がほしい学校は、申し込み書を書けば、もらえます。どうしますか?」と聞かれたときに始まる。ぼくは、すかさず、「もらいます。持って帰ります。申し込みます。」と即答したのだった。
 学校へ帰り、しぜん広場あたりに植えようか、どうしようか迷い、結局、六年生の目につきやすい職員室側入り口付近で鉢植えにした、その頃、数枚桐の葉がついていたが、落葉高木なので次第に緑色の棒一本になってしまった。六年生の(今は中学校一年の)坂梨君は、
「校長先生、このアオギリの鉢を終業式なんかにキャスターに乗っけて、これは『被爆アオギリ』です。原爆にあっても元気に生き延びました。その子どもの樹がこれです、なんてお話ししたら」などと校長の話のネタまで考えてくれた。
 水やりに気を付け、清掃担当の永田さんも水をやってくださった。しかし、時に長期の休みなど水やりも間遠となり、樹の頂点にある生長点の芽も元気な赤っぽい色をしていたものが、茶色になり、根腐れを起こしたのかと、永田さんとも話していた。幼な葉は、まさしく桐の葉の形(桐朋のバッチの形)をしており、風にそよいでいる。今年の冬は厳しく、もうだめかと諦め半分だったけれど、健気に耐え抜いて遅い春に新芽を出した。被爆アオギリのたくましさを感じ、とても嬉しくなった。
 このアオギリがすくすく成長し樹高、十数メートルになるのはいつの頃だろうか。(職員室外側の出入り口にあるので見てやってくださいね)(2010年4月28日)

 武藤先生をはじめとしてアオギリを育ててくださったみなさん、ありがとうございます。

 

広島修学旅行[風Ⅱ-138]

 広島修学旅行に行ってきました。現地で、子どもたちと学んできました。
 被爆証言をしてくださった幸元さん、増岡さん、伊藤さん、山崎さん、碑めぐりでお世話になった山口さん、山岡さん、加藤昭信さん、三登さん、峠さん、松田さん、峰岡さん、加藤睦治さん、毒ガス製造や被害について話してくださった山内さん、他にもたくさんの方にたいへんお世話になりました。ありがとうございました。

 広島に来て3日目の夜、一人ひとりに感想を書いてもらいました。現地で心を動かした事実は何か、そのことについて自分らしく表現してほしいと思いました。
 「広島や長崎に落とされた原爆は多くの人たちを殺していけないことだと思いますが、日本も大久野島で毒ガスを作り、たくさんの人を苦しめて、今もそれで苦しんでいることを学び、日本は被害にあっただけでなく加害もしていたことを知り、私は戦争のことを知っているつもりでも全然知らなくて驚きました。」
 「私は広島へ来る前は、食べ物や家族、住む家などあるのが当たり前と思っていた。だけど広島へ来て山崎さん(証言をしてくださった)の話を聞いていると、食べ物、住むところなど確保することが難しくて、家族どころか19人もいた親戚全員を亡くしたと聞いた。私があると思っていたものは、戦争ではなかった。そう思うと今は平和だなと思う。でも本当の平和って何なんだろう?」
 「本当の建物、場所に行くと、原爆は本当に恐ろしいなと思いました。証言、碑めぐりも、どれだけ原爆、戦争の恐ろしさを僕たちに伝えたいかわかりました。」 
 「原爆ドームは負の遺産として世界遺産に登録されているから、一度行ってみたいと思っていたから行けて良かったです。」
 「爆心地から近い地下にヘルメットをかぶって行った。色々な物が壊れていて驚いた。」

 子どもたちと、実際にその場所に行き、見ること、触ること、話を聞くことで感じ、考えることが深まります。現地で学ぶことのすばらしさをあらためて感じました。
 いろいろな方から、「今度は君たちが平和のバトンを引き受けてほしい」と言われました。ここで見たこと、きいたこと、感じたこと、考えたことをお家の人や学校のみんなに伝えてほしいと言われました。

 今年は、核兵器禁止条約が採択された年です。ノーベル平和賞にICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)が受賞しました。子どもたちも書いていましたが、平和を築いていくため、自分たちができる取り組みをすすめていきたいと思います。 
 

第63回運動会 [風Ⅱ-137]

みなさんの力で準備が整いました本番前、さいごの練習。みんなであたたかく見守り、励まし合いました保護者のみなさまに支えられて運動会ができました朝、6時。いよいよ本番朝早くから、役員のみなさまにお世話になりました

 10月8日(日)、秋らしい青空の下で、第63回桐朋小学校運動会を開催することができました。
 ご来場のみなさま、運動会にお越しいただき、誠にありがとうございました。
 子どもたちへのあたたかい声援を最後まで送ってくださり、ありがとうございました。
 当日、前日までいっしょに準備をしてくださった保護者のみなさま、ありがとうございました。
 
 桐朋小学校では、子どもたち一人ひとりが運動会をつくりあげる立場に立って、自分らしく、仲間といっしょに活動することを大切にしています。一人ひとりが主人公となり、学校のつくり手となる根っこを育みます。
 開会のことばで、「自分の力を発揮してほしい」、「間違ってもいいから思い切り取り組んでほしい」、「仲間といっしょに今日一日をたのしんでほしい」などと伝えました。4年生、5年生、6年生は、大勢の人の前に立ち、責任をもって仕事をすすめました。予行練習と本番で、たいへんすばらしい姿が見られました。演技や競技では、これまで取り組んできた成果を発揮していました。
 
 初めて運動会を経験した1年生は、「『あらうま』のふりかえりのところをがんばるからみてね」、「『おかしおかし』のターンをみて」、「またころばないようにおうえんして」など、一人ひとり願いをもって取り組みました。練習では、上級生の取り組みをよく見て、「4年生のかいぞくがかっこいい」、「パートナー(5年生)のたいこの音がすごい」など良さをたくさん発見していました。
 前日までに、学級通信に書かれた一人ひとりの思いを読みました。「大玉リレーでは、5年生に大玉を早く渡したいな」、「ぼくはパイレーツの最初、側転がとっても苦手でした。でも練習をやるごとに、少しずつ上手になってきました。本番でうまく側転ができればいいです」(4年生)など。「まだ運動会で一度も勝っていないので、ぜひ勝ちたい」、「勝ち負け関係なく、楽しく踊ったり、大玉をしたりする。お弁当が楽しみ!!」(5年生)など、いろいろな願いが書かれていました。6年生は最後の運動会で、全力で取り組むという気持ちをききました。そうした願いが、本番のすばらしい取り組みからよく伝わりました。 
 みんなでいい運動会をつくることができたと思います。 

毎年、ありがとうございます [風Ⅱ-136]

園田青年会 金城さん園田青年会 元会長の宮里さん5年生の子どもたち

 今年も、5年生の子どもたちがエイサーに取り組んできました。運動会前日、沖縄の園田青年会より、宮里洋一さんと金城大輝さんが来てくださいました。桐朋の民舞を大切に育ててくださった市川直美さんも来てくださいました。
 
 桐朋小学校で、園田エイサーに取り組みはじめたのは1997年です。市川直美さん、古谷一郎さんが園田青年会のみなさんと出会い、エイサーを教えていただき、はじめました。それ以来、毎年、運動会前日に子どもたちといっしょに踊ってもらいます。
 子どもたちは、目の前で、園田青年会の人の踊りやうた、三線を受けとります。心に響いてくるものがたくさんあり、自分たちもやってみようという気持ちで、いっしょに踊ります。そこで子どもたちはぐっと上達していきます。園田青年会のお二人と、全体練習を午前中に行い、午後は、自由練習です。青年会の『にぃにぃ』たちが希望者に教えてくれます。ここでさらに上達します。子どもたちの吸収し、表現しようとする気持ちと力にいつも驚かされます。
 本番でも、いっしょに踊っていただきます。
 桐朋小学校の民舞では、可能な限り、現地の人やものと触れ合う機会をもって、本物を伝えたいと願っています。 
 
 園田青年会の元会長の伊波さんは、「リズムをつかむとか、三線、歌に合わせて太鼓を打つとか、改めて教えると、まばらだった太鼓の音が一つになってくる。それを子どもたちが分かるとまた楽しくなる。太鼓を打つのが楽しい。それを打つときのエイサーの醍醐味がわかる」と言われていました。
 エイサーに取り組みはじめて今年で21年目。伊波さんが会長だったときに「地元で育」んできたエイサーを「外に出」してくださいました。そこには、「不安と期待」があったそうですが、今ではとても良かったと言ってくださいました。
 今年も、園田のみなさん、市川さんに支えられて本番を迎えることができました。

運動会に向けて[風Ⅱ-135]

3,4年生は、大玉をころがします大玉係がチームを誘導します。5年生から大玉を引き継いだ6年生ゴールまでがんばります1、2年生がいっしょに行う玉入れです5年生の全員リレーです

 もうすぐ運動会です。
 [風Ⅱ-134]では、民舞、身体表現についてお伝えしました。今回は、係、対抗競技についてです。

 子どもたちが、自分たちの運動会をつくり出すという意識をもち、主体性、自主性、協働することを育くんでほしいと思います。
 様々な役割を子どもたちと教員で分担、協力します。お互いの良さや感想を交流し、仕事や活動への自信や誇りを持ってほしいと思います。 

 運動会をすすめるために、4~6年生の子どもたちと教員で係を担います。【会場、放送、用具、得点・記録、救護、司会、児童挨拶、指揮、会場整理、玉入れ、大玉リレー、学年対抗競技、応援、掲示、連合旗】係です。
 たとえば、開会式の応援交換では、係の子どもたちが考えた応援を1~6年生のチーム全員で行います。司会進行も子どもたちが行います。大玉リレーの整列、誘導、競技のリードも子どもたちがします。多くの子どもが大勢の人の前に立ち、責任を持った仕事の機会があります。

 各学年、複数学年の対抗競技についてです。フェアプレイ、ノーサイドの精神で対抗競技に向かう姿勢を育んでいきます。
 1年生【おかしおかし】 3人一組でおかしの棒(バトンの代わり)を持ち走ります。ミニハードルをまたぎ、旗の周りを一周して、次の3人組におかしを渡します。
 2年生【デカパンリレー】 2人一組でデカパン(バトンの代わり)をはいて走ります。旗をまわって戻り、次の2人組にデカパンを渡します。ぬぐところ、はくところがなかなか難しいです。
 3年生【大物をねらえ!】 赤白2チームが真ん中にある縄とタイヤをとります。タイヤなしの短縄が1点、タイヤ2点、金・銀3点の得点なので、誰がどれをとるかいろいろと作戦をたてています。2回戦の合計得点で勝敗を決めます。
 4年生【かけっこ綱引き】 最初から綱を引くチームとグランドを走って綱を引くチームが協力して綱引きをします。走る、綱を引くチームの力配分を作戦で考えています。
 5年生【全員リレー】 4チームでリレーをします。走順を子どもたちが工夫し、トップスピードからトップスピードへのスムーズなバトンパンを目指し、練習を重ねています。
 6年生【旗とり】 1チームをアタッカー、バリア、ベース、ガードに分かれ、相手チームの旗をとり、自分たちチームの旗を守ります。クラスみんなで団結して作戦をたて、安全で楽しい旗取りをします。
 1、2年生【玉入れ】 1、2年生の合同チームで協力して玉をたくさん入れます。
 3、4、5、6年生【大玉リレー】 3年~6年までの異学年集団で、力を合わせ、心を一つにしながら楽しみます。スタートは3年生です。片道、大玉をころがし、4年生に渡します。4年生は旗をまわって往復し、5年生に渡します。5年生はふろしきに大玉を入れて走ります。最後は6年生へ。6年生は5年生からの大玉を4人でかつぎ、ゴールをします。

民舞・身体表現[風Ⅱ-134]

1年生の荒馬です。2年生から教えてもらいました3年生、4年生、5年生、6年生による大玉リレー1年生は、初めての運動会をむかえます6年生は、小学校最後の運動会です

 10月8日の運動会に向けて、取り組みをすすめています。今回は、各学年の民舞・身体表現についてご紹介します。
【3年 桐朋みかぐら】
 岩手県奥州市衣川区大森に伝わる神楽舞です。それを子どもたちに合った動きやリズムに変えて構成しました。
 左手には、自分で選んだ色の扇、右手には、自分たちで作った錫杖を持ち、太鼓のリズムに乗って元気よく踊ります。
 扇返しや足の動きなど、難しいところがたくさんありますが、みんなで一生懸命に練習をしています。
【2年 花笠おどり】
 スゲ笠に赤い花飾りをつけた「花笠」を手にして踊る山形県の踊りです。元々は、土を掘ったり運んだりする作業の踊りと言われています。
 「ヤッショウ マカショウ 『トウホウショウ』」の元気なかけ声で踊ります。
 踊りとともに、歌も練習し、笠の飾りつけも自分たちでやりました。
【4年 パイレーツオブ桐朋 Ⅶ】
 目指せ、夢と希望のあふれる宝島へ! エネルギッシュな桐朋パイレーツたちが海賊船での戦いをくりひろげながら、宝島を目指します。
 海賊をモチーフにした器械運動的な動きを取り入れ、元気いっぱい身体表現を行います。
 個人で習得した技能を、集団演技で発揮することにより、仲間と共に表現する楽しさを体験します。
【1年 荒馬】
 元気いっぱい跳ねる馬、それが荒馬です。保存会の大太鼓の音に合わせて、元気な馬がグランドいっぱいに駆けまわります。
 踊りは、青森県今別町のねぶたのお祭りで踊られる、荒馬を基にしています。
 跳んだり、跳ねたりしながら、「ラッセラー ラッセラー」「ラッセ、ラッセ、ラッセラー」元気いっぱい声を出し、表現します。
【5年 エイサー】
 沖縄本島や近隣の島々で旧盆に踊る盆踊りです。
 三線・太鼓・踊り子が行列を作り、村々の通りや各家庭をまわり、先祖の霊を供養し、村々を清めます。
 沖縄市園田青年会のエイサー『南ダキ節』『仲順流り』『海ヤカラ節』『いちゅび小節』『固み節』『唐船ドーイ』を踊ります。
 全身を思い切り使い、リズムに合わせて、エイサーの音と動きを楽しみます。
【6年 中野七頭舞】
 岩手県岩泉町、中野、小本で、約百八十年も前から踊られています。七つの道具を使い、七種類の踊りを踊ります。
 荒地を開拓し、けものを追い払い、畑を耕し、豊作を祝い、仕事の苦労をいやします。
 大地に向かい太鼓等のリズムに合わせ、全身を使って思い切り体を動かします。

 民俗舞踊は、日本各地で地域の祭りや盆踊り、神楽の奉納などで踊り継がれてきたものです。地域の中で世代を超えて人と人を繋ぐ大切な共有財産、かけがえのない文化です。そうした文化に触れ、学びたいと思います。
 踊りは、日常生活の「労働」の中で培われてきた身体の使い方が元になっています。そのような動きは、現代において、身体を耕したり、しなやかな身体をつくっていくために経験したい動きです。

4歳児ばら組の生活 [風Ⅱ-133]

写真はゆり組合宿の様子です。
みんなでつくったカレーライスをおいしくいただきました夜のおたのしみ布団の用意も自分たちでします新しくなったテラスで歯ブラシカレーの野菜を切ります園庭でカレーをつくりましたみんなで歌うとたのしいね園庭のレモンが育っていますテラスで昼ごはんしー。かくれてれいます扉の向こうには‥

 9月9日の園説明会に参加をしてくださった皆さん、ありがとうございました。
 会の中で「4歳児ばら組の生活」をお伝えしました。本コラムでご紹介いたします。

 4月に26人の子どもたちが入園しました。
 新たな場所や生活、見知らぬ人々の中で、嬉しさを感じる子どももいれば、緊張や不安を感じて親御さんと離れられなかったり、思わず泣き出してしまった子どももいました。
 子どもたちの様々な気持ちを受け止めながら、少しずつ桐朋幼稚園を好きになってほしいと考え、4月いっぱいは、保育者だけでなく、5歳児年長児の子どもたちが、新入園児の様々な事に付き添ってくれました。「タオルはここにかけるんだよ」「トイレはここ」「この部屋は絵本がいっぱいあるんだ」と、生活に必要な事を沢山教えてくれたり、「何して遊ぶ?」「畑には虫がいっぱいだよ」「ここに水をいれると川になるの、たのしいよ」等、一緒になって遊んでくれました。そんな年長児を支えに、幼稚園での遊びや生活に対して少しずつ前向きな気持ちになっていったように思います。
 そして、5月からは、年長児との生活に一区切りつけ、自分たちで着替えをしたり、遊びを楽しむという生活に移行しました。

 1学期は、園生活1日の大半が遊びという生活を送ってきました。
 全身泥んこの遊びや、畑でのかわいい草花摘みや虫探し等、「自分のやりたいことを見つけ、やってみる」経験を大事にしてきました。
 遊びの中には「何をして遊ぼうか」「どこで遊ぼうか」「何を使おうか」「誰と遊ぼうか」と、選ぶ、思考する、決める、行動する等、心身の様々な動きがあります。自分の思いや考えが実現した時、自然と子どもたちから「あー楽しかった」「明日も続きやりたい」等の言葉が聞かれます。こういった満足感や充実感が、主体的な存在としての自覚、認識を促すのではないかと考えます。
 思いや願いが満たされると、子どもたちはさらに様々な事に興味関心を広げ始めました。そんな育ちが見受けられた遊びを一つお話ししたいと思います。 
 幼稚園には夏みかんの木があり、6月には沢山の実がなりました。まず5歳児ゆり組の数人の子どもたちが見つけ、台を積み重ねて乗ったり、棒を繋げて何とか枝を揺すったり、四苦八苦しながら、何とか夏みかんを手にしていました。
 その様子を見ていた4歳児ばら組の子どもたち。「わたしもたべたーい」「ちょうだい」等と交渉し、その美味しさを味わわせてもらいました。
 ゆり組が夏みかん取りを楽しんでいる間はそのおこぼれをもらえていたのですが、そのブームが去り、ゆり組が別の遊びを楽しむようになると、4歳児は時折落ちてくる夏みかんを頂くしかできなくなりました。落ちてきた夏みかんはもう食べられない状態のものも…
 それでも、またあの美味しい夏みかんを食べたい…そんな4歳児女の子2人がいました。落ちてこないなら、木の上になっている夏みかんを何とか取るしかないと考えました。
 まずは保育者に「とって」とお願いに来ます。とってあげる事は簡単ですが、もう少し自分たちで何とか考えてほしいと思い、「うーん、どうしたらとれるかね」と一緒に考えるようにしました。すると「ほうきはどうかな?」と考え、ほうきを持ってきて夏みかんに向けて振りかざしてみました。が…残念ながら届きません。2つのほうきをくっつけて長くしようとしました、これまた上手くいきません。
 うまくいかないけれど何とか取りたい。この気持ちをどうにか支えて上げたいと思い、地面からではなかなか届かない事を伝えました。すると「木にのれれば…」と新たな視点が出てきます。そこで「ロープはあるよ」と伝え、保育者が木にロープをひっかけ、子どもたちが引っ張り、大木の枝にロープを吊るしました。
さあ、いざ挑戦です!まずは女の子2人が順番に登ってみます。しかし、ぶら下がる事は出来ても、上にのぼっていくことはできません。
 すると、それを見ていた5歳児の男の子、「おれがやってみる」とロープを手に取りました。さすが5歳児、なんとかロープの中間まで登っていきましたが、そこから先ロープがゆらゆらと揺れ、上に挙がっていく事が出来ません。すると、「がんばれー」とその周りにいた5歳児の子ども達から応援の声が挙がります。先ほどの4歳児の女の子たちも、その応援の様子を見て、「がんばれ」と声をかけていました。
 その後も多くの子が果敢に挑戦しましたが、上まで上がっていく事は出来ず。それでも何度も繰り返し、ロープに上っていこうとしていました。
その様子を神様は見ていたのでしょうか。突然、強い風が吹き、夏みかんがひとつ、ボトッと落ちてきました。子どもたちは大喜びで夏みかんを頂きました。

 この遊びから、
・友だちと一緒に目的を共有する事
・自分たちで何とかしようと思い、身体が動く事
・一度だめでも、繰り返しやってみようとする事
・一緒の目的を持つ他者を、応援しようとする事
といった様々な面の育ちがあるように思いました。
 そして2学期になった今、「あの子たちの遊び、私もやってみたい」「あの子と遊びたい」という気持ちが芽生え始めている様子が見受けられます。先ほどの「夏みかん採り」のような遊びの積み重ねが、周りの子どもとの関わりを求める気持ちの育ちに繋がっているのではないかと、考えます。
 このようにじっくりと遊びこむ中で、
・子ども自らが人と関わろうとする気持ちを育むこと
・関わり合う中で、喜びや悲しみ等様々な気持ちを味わうこと
・共に寄り合いながら育ち合っていくこと
 を大事にしていきたいと考えます。

 自分の思い中に、友だちへの思いが芽生え始めた2学期。どのように関わり合っていくのか楽しみです。以上4歳児ばら組の様子です。ありがとうございました。(4歳児担当 能登比呂志さん、平山直子さんより)