初等部 園長・校長コラム「風」

子どもの育ちや子育てについて、いっしょに考えていきましょう[Ⅱ-145]

2月2日、1年生の教室で毎日、廊下のテーブルでは、熱戦が続きますハートの氷を発見!子どもたちが気に入っている場所の一つです自然ひろばの様子から

 保護者の方より、子育ての不安や悩みを教えていただき、いっしょに考え合うことで、保育者も育ててもらっています。

子育ての不安や心配、悩み
 保護者の方より、「話しはじめたのが遅かったので、その時期は周りの子と比べ毎日とても焦り不安でした。周りの子はもう話している、この子はいつ話してくれるのだろう、毎日毎日自問自答しました」、「思い描いたような子育てにならず、自分たちで何とかしなければと強く思い、自分が劣っているからではないかと恥じてしまい、インターネットを中心に子育てのイロハを調べるようになってしまいました。世間から見た良い母親像になれているかそればかりが不安だったように思います」、「初めての子育ては、戸惑いの連続です。なぜ泣いているのか、何がそんなに嫌なのか、わからないことばかりで、母たちに助言をもらったり、友と悩みを分かち合ってきました。自立心が芽生え、反抗と甘えを繰り返すこの頃では、どこまで許容して良いのか、意志や個性の尊重とわがままを認めることの境はどこにあるのかと、とても迷います」など聞きます。
 懇談会では、「わが子だけがこんなにヤダヤダ病で、甘えん坊。赤ちゃん言葉になったり、何事も否定から入り、計画通りにちっとも進まないと思っていたのですが、お話を聞いてみるとみなさん様々な思いをされていて、〈あるある話〉が多くありました。改善していきたいとは思いますが、親の求めるペースと子どもの成長のペースの違いという点にも気づき、焦らずにやっていけば良いんだなと思えました」、「テーマは『甘え』でしたが、みなさん自分と同じようなことに心配や不安があることに気づきました。『周りからみたら甘えてると思われることも、親子にとっては大切なコミュニケーションだったりする』と言われていた言葉はその通りだなと思いました」など語られます。
 子育ての心配や悩みはつきません。一人で抱えこまないで、同じ子どもを育てるもの同士が集まり、不安や悩みを語り、知恵を出し合い、支えを増やしていきましょう。みなさんと子どもを育てる豊かなコミュニテイーをつくり、ひろげていきたいと考えます。

「孤」育てで、自分を追い込まないで
 入園は、お子さんにとっても、ご家族にとっても喜びであると同時に、不安や心配を抱え、うまくいかないことも出てきます。そうした時期であり、それが当たり前です。私たちは、子どもや親の不安や心配を共有し、いっしょに乗り越えていきたいと考えます。そして、事実をもとに良さや課題をいっしょに考え、子ども、親、保育者がともに育っていきましょう。期待、喜び、不安や心配ごとも含めて、幼稚園での生活を楽しみにしてください。
 現実には、乳幼児期の母子が密室で孤立化している問題や、育児の理想型やあるべき姿について情報ばかりが孤立状態の母親の降り注ぐ問題などがひろがっています。そこへ、「父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって…」(教育基本法10条、家庭教育)と法があり、子育てにおいて「基本的な生活習慣や態度が身についていないこと、自制心や抵抗力、忍耐、規範意識が育っていないこと」での「家庭教育の責任の大きさ」や「子どもが直面する問題は、親の自覚や知識、愛情のなさ。親の責任を問うものです」などと言われたら、ますます自分を追い込んでしまうかもしれません。そうならないように話し合っていきましょう。

一人ひとりの、幸せな子ども時代のために [Ⅱ-144]

夏ミカンの実が落ちてきました。それも使っておいしいものをつくりました貯めておいた水がカチコチに凍っていました畑で雪あそびいろいろな作品を発見しましたテラスでの遊びもたのしそう

 桐朋幼稚園は、2018年4月より、3年保育、3歳児保育をはじめます。日常の保育の充実と新年度に向けて準備を重ねています。
 一人ひとりが授かった命を大切に育み、自分らしく命を輝かせる、なかまや大人とかかわり、ちがいを認め合い、豊かな世界をつくり出していく保育をすすめます。
 別のことばで言えば、「個の尊厳」「基本的人権」を大切にし、その人その人の人間性をゆたかに育むことです。
 
 今年度も、入園前の親子を対象にした「子育て広場」を開催してきました。はじめての環境に戸惑う子もいますが、園庭の砂場や畑の周りなどでたのしみ、ほぐれていきます。砂場に、汲んだ水を何回も入れ泥だらけで遊び込む姿もあります。近所の公園では、水を使っておもいきり遊ぶことができない、周りの目を気にしてのびのびと遊ばすことができないと聞きました。
 地域や社会が変化し、子どもたちの生活も変わりました。自由に遊びほうけ、生き生きと生命のエネルギーを燃焼させることができなくなりました。結果として自然と身につけていたしなやかな身体、手先の器用さや技、人との関わりなどが育たなくなりました。たとえば、異年齢でのまじわりで、上の子が下の子の面倒を見たり、配慮する、守ること、下の子が上の子に憧れ、まねるなどが育たなくなりました。
 子どもは、自然の中で、緑、土、水にふれ、生き物やなかまとかかわり、わくわく、どきどきした気持ちを育ててほしいです。生きるっておもしろい! もっとこんなことをやってみたい! ということをです。
 これから、子どもが育つ環境を、意図的、組織的につくりだしていくことが必要ではないでしょうか。みなさんといっしょにゆたかな環境をつくり出していきたいと思います。

その気になる、わくわくする [Ⅱ-143] 

図書室前コーナーより始業式で、交通安全についての話をしていただきました幼稚園 こまとのであい発明はたのしい!心のこもった年賀状をありがとうございました

 あけましておめでとうございます。3学期もどうぞよろしくお願いします。
 今年も、一人ひとりがいただいた命を大切に育み、自分らしく命を生き生きと輝かせていってほしいです。
 友だち、学級や園・学校のなかま、おとなとかかわり、ちがいを認め合い、豊かな世界をつくっていきましょう。

 いただいた年賀状を紹介します。たくさんの〈願い〉が書かれており、大切にしてほしいと思いました。 
・4月から、たのしいことがいっぱいありました。今年も、しぜんひろばでいろんな生き物を見つけたいです。
・二年間本当におせわになりました。おかげさまで、たのしい学校生活になりました。これからも、いろいろがんばっていきたいです。
・わたしは学校がすきです。学校でいろいろなことがならいたいです。
・お兄ちゃん、犬どしなんだ。お正月に、ママとお兄ちゃんでケーキをつくるんだ。先生、何食べるの?
・ぼくは桐朋小学校にいっぱい友だちができました。今度、校長先生と遊びたいです。
・桐朋小学校はしぜんがいっぱいで、みんな先生がやさしいので、とてもいい学校だと思います。
・冬休みは、折紙や将棋をしています。早く学校に行きたいです。
・音楽会でほめていただいて、クラスのみんなもすごーいって言ってくれました。みんなと、いろんな人やパパやママ、おじいちゃん、おばあちゃんにもかえってみんなにほめられました。先生のおかげでほめられたんだなーと思いました。
・今年は先生の話をよく聞くようにしたいです!
・ぼくは、テニスとバスケをがんばっています。バスケは、桐朋のチームに入っています。
・いつも楽しいです。以前の音楽会もとてもたのしかったです。今年の目標は、サッカーがうまくなる事です。
・3年生になってもがんばります。
・先生、今年やりたいことは何ですか? 二重跳びをしたいです。
・二学期は生き物がたくさんいたので、友だちとよく捕まえていました。三学期は、生き物が冬眠するので図かんをたくさん読みたいです。
・来年の『なんでも発表会』にそなえて練習しています。
・今年は八ヶ岳合宿があるので楽しみです。
・北陸のお城(特に金沢城)をめぐりたいです。来年は、走る会で一位を取りたいです。
・今年も委員会、よろしくお願いします。
・今年の4月に6年生になります。修学旅行で広島に行くのが楽しみです。
・音楽会の言葉うまくいって良かったです。今年はバド(団活)をがんばります。
・桐朋小も残りわずか、四月からは中学生です。充実した一年にしたいです。サッカーと勉強を頑張ります。
・仙川を離れ、国立に行くので、残り少なくなった桐朋の生活を楽しみたいと思います。
・今年も、来年、再来年も、桐朋をもーっとよくしたいですね!
・昨年は、文化祭委員をやり、クラスで銅賞をとることができました。中3になっても、色々なことに挑戦していきたいです!
・今年で中3になります。また、部活では中学副部長になるので、皆をまとめていけるようになりたいです。

 人間らしさとして、めあてを持ち、主体的に生きることができるがあると考えます。

〈その気になる〉
 私たち一人ひとりには、自分をかえて成長することができる、たくさんの可能性があります。
 カンボジアのトゥン・チャナレットさんという人の話です。ぼくと同じ年齢の人です。22歳の時に、地雷で両足を失いました。現在もカンボジアには400万~600万個の地雷が埋められ、年間に約200人の人が被害を受けています。
 チャナレットさんは両足を失い、おくさんを養えず、子どもの世話をすることができず、おくさんと別れようとしました。自ら命を絶つことを考えたそうです。そうした時に、自分の子どもが、隣の子がおもちゃを買ってもらったことを知って、自分も買ってと言ったそうです。その時に、チャナレットさんは「ああ、おれはおやじだ。おやじの責任あるぞ」という自分の存在感を取り戻したそうです。それから、失われた足の不自由という事実を受け入れて「よおし、俺生きるぞ」と決意して、同じような運命にあっているたくさんの人たちと出会い続けました。そして、車椅子をつくるなど、自分でできる活動をすすめていきます。
 1997年、チャナレットさんは、ノーベル平和賞をもらいました。〈その気になる〉ことのすばらしさを教えてもらいました。

今回の内容は、12月28日に大田堯先生(99歳、教育研究者、東京大学名誉教授)へインタビューをさせていただいたこと、先生の「根源的自発性-生命は自ら変わる」という考え、大田堯自撰集成(全4巻)より学んだことが背景にあります。

2年に1度の音楽会 [Ⅱ-142]

 2017年12月8日(金)、府中の森芸術劇場で桐朋小学校の音楽会を行いました。
 歌とリコーダー演奏は、つぎの曲でした。
 1年生 〇あきのきかんしゃ 〇ことりとぶどう 〇くまはなぜふゆねむる 〇はじめの一歩
 2年生 〇合唱曲集『のはらうた』よりメドレー「はるがきた(うさぎふたご)」「あきのひ(のぎくみちこ)」 〇だれもしらない 〇あしおと 〇出あいの歌
 3年生 〇みんなみんなワルツ 〇リコーダー「小鳥」「こもりうた」 〇夕日がせなかをおしてくる 〇12月のうた
 4年生 〇天使の羽のマーチ 〇リコーダー演奏「走れ シベリア鉄道」 〇だれもいそがない村 〇夕やけに拍手
 5年生 〇未来行きEXPRESS 〇リコーダー演奏「パッヘルベルのカノン」 〇君をのせて
 6年生 〇旅立ちの時 〇アルトリコーダー演奏「トロット」 〇見えない翼
 全員 〇ぼくたちうたうっ! 〇COSMOS 〇夕やけのうた

 自分の体を使って出す自分の声、リコーダーの自分の音、一人ひとりがその個性を響かせます。
 お互いの音に耳を傾けて、音楽を奏でます。

 低学年の子どもたちは体全体から湧き出る声が、中学年の子どもたちはまっすぐでエネルギッシュな表現が、高学年の子どもたちのハーモニーを意識した響きが、ホールいっぱいにひろがっていきました。 
 普段仲良しの人とも、あまり話さない人とも、お互いの気持ちと音を重ね合わせて気持ちのいい音をつくり出し、味わったことでしょう。
 子どもたちの声や演奏を聴いた後、指揮者佐渡裕さんが「音楽がもつ本質的な力」について語られていたことを思い出しました。その本質的な力とは、「異なる価値観を持つ人々が、ともに生きることを肯定すること」でした。この音楽会も「ともに生きることを肯定」していたのではないかと思いました。
  
 会場のみなさま、子どもたちの表現をよく聴いてくださり、たくさんのあたたかい拍手を送ってくださり、ありがとうございました。

 

創立62周年を迎えて ―務台先生と「道徳」- [Ⅱ-141]

 11月20日は、創立記念日でした。初等部は62周年、女子中学、高等学校は76周年を迎えました。この日が創立記念日になったのは、1942年、桐朋女子中学、高等学校の前身「山水高等女学校」の新校舎落成式の日だったからです。
 1947年、「桐朋第一中学校」(国立の男子校)と「桐朋第二中学校」(仙川の女子校)として、学園は第二の出発をしました。両校の理事長・校長が、東京文理科大学学長の務台理作(むたいりさく)先生でした。桐朋の名称は、東京文理科大学、東京高等師範学校の校章「桐」に由来し、務台先生が名付け親でした。
 先生は、戦後教育改革の中心人物であり、教育刷新委員会の一員として教育基本法作成に貢献した哲学者でした。教育基本法の精神「生徒一人ひとりの人格を尊重し、自主性を養い、個性を伸張するという、ヒューマニズムに立つ『人間教育』」を桐朋の教育理念の基本に据えました。この理念は今日まで受け継がれています。
 先生は、「ヒューマニズムの原理」「人間性の確立」を根本におき、「道徳教育と道徳論」(1952年)、「現代の道徳」(1954年)などを書かれています。2018年度より「道徳科」がはじまり、改めて先生の論文を学び直しています。考えさせられるのは、道徳とは何かということです。先生は、「道徳は歴史とともに変遷するもので、歴史を越えて永遠に妥当するような道徳の原理は存在していない」、「戦争においては少しでも多く敵を殺し、これを欺き、これを奪うことがかえって戦功として賞賛されるのではないか。仁愛・正義・誠実・寛容の諸徳、自由と平等の原理も敵に対しては例外となることを余儀なくされる」と言います。
 また、当時、原爆や水爆実験、軍備の問題などに向き合い、「道徳問題は、現在では個人の道徳的良心の問題だけでなく、世界人類共同の運命に関する最大の問題になった。この最大の問題にふれずに、倫理・道徳をただ個人の内面的良心の問題のみに押しこむだけで満足していることは、まったくの時代おくれといわねばならぬ」と言います。戦争への危機と不安が増す現在だからこそ、大事な指摘だと考えます。
 初等部では、①人権を核に考える ②自己と他者を理解し、他者とともに生きる ③自分たちでルールやモラルをつくっていく[道徳性を育てる教育]をすすめます(詳細は後日説明)。
 例えば、自治で「みんなの声(=意思表明)で学校(=自分たちのコミュニティー)をつくっていく」経験、「自分たちの学校を自分たちの意見でつくっていく、その力が自分たちにはある、あるいはその力を獲得していく」ことです。実生活で起きる矛盾や対立を共同的な対話を重ね、自分の行動や考えを組み替えていく過程を大切にします。子どもたちの関係が組みかわり、学級に自由や人権、思いやりをひろげます。
 教科や総合学習においても、道徳性を育くみます。例えば、これまで歴史の中で「平和」や「人権」などがつくり出された共同性の事実に学びます。二度と戦争を繰り返さないために歴史を学ぶことは重要なことです。「環境」「食糧」「核」など、現在、私たちはさまざまな問題に直面し、それに向き合い、考える素地を育てます。
 創立62周年を迎えて、これまで大切にしてきたことを踏まえ、一人ひとりが学校をつくる主人公となり、社会の主人公となりゆくための根っこを育てる教育活動を発展させていきます。

※11月22日、初等部同窓会サイトが公開されました。http://www.tohosengawa.com/です。学園をつくられた生江義男先生、当時の校舎と子どもたちの写真などが見られます。

先生たちからの贈り物[Ⅱ-140]

奥山先生の作品笠松先生の作品須賀野先生の作品
大好きな子どもたちの傍に作品を!卒業生がつくってくれました子どもたちの願いの木

 初等部には、子どもたち、先生たちの作品がたくさんあります。一人ひとりがちがい、かかわりのなかで、変化、成長していきます。そのことは、作品にもあらわれてきます。

 今回、先生たちの作品をとりあげます。高学年玄関にある奥山先生、笠松先生の作品、しぜんひろばにある須賀野チイ先生の作品です。
 私は今までいくつもの学校や病院、さまざまなところに壁画を取り付けてきましたが、いつもそのとき考える大事なことがあります。それは、その建物を使っている人たちが、何を一番大事にしているかなということです。
 私は、この学校の卒業生です。だからかもしれませんが、この学校の先生・子どもたちが、きっとたいせつに思っているであろうことは、なんとなくわかります。おたがいの愛情や、豊かな思いやりの心は、なのものにもかえがたい宝物です。そんな宝物がいっぱいつまった、花車のような学校のイメージが、みんなにとどくといいなあと思っています。(奥山雄輔先生)

 桐朋小学校のみなさんへ
 大地から養分を取り、生長していく樹。柱になったり、家具になったり、食器や楽器になったりすると、樹は、木になります。私は、このように樹と木を区別して、います。
 長い年月を生きてきた樹、私は、それに劣らない年月を木として生かしたいのです。求める形から、流れるような木目の美しさも出てきます。彫る時の緊張感、ノミをたたく木槌の音、木屑の匂いが、いつも私を夢中にされます。(笠松八束先生)

 ある一つの世界 1 1957年の作品
 「ある一つの世界」「どんな世界ですか?」と問われ、
 「その世界は何一つない広大無限の世界です。でも、すべてを含んでいます。」この様な感じはしても知的に答える術を知らなかった。
  辿り着いたこの世界の門は狭く、線になるまで自己と作品を削らなければ、容易にその門は潜れない。
  この後、この世界の意味を探求するため、木彫に変わる。(須賀野チイ先生)

  『愛と祈りのかたち 須賀野チイ作品集』[須賀野チイ自作年譜]より
  
  どの先生も、どの作品も、子どもたちとのかかわりを大切に、励ましつづけてくださいます。

桐朋小の被爆アオギリ2世[風Ⅱ-139]

先週のアオギリ本日のアオギリ幼稚園の子どもたちがご近所の永野農園さんの畑で芋堀りをしました永野さんには長い間たいへんお世話になっています世界の子とどもたちとスポーツをたのしむ大学生のみなさんいっしょに活動をした3年生は大喜びでした

 広島修学旅行より戻り、6年生「トピックス」の授業を再開しました。まずはじめ、以前にいただいたアオギリを紹介しました。
 アオギリの苗木は、2009年10月、6年生の広島修学旅行でいただいたものです。正式には、「被爆アオギリ2世」と言い、広島・平和記念公園の「被爆アオギリ」(*)から実生で育ったものです。ずっと鉢植えのままで、大きく伸びることができず、かわいそうなことをしてきました。できるだけ早くに、しぜん広場に植え替えよう、「このアオギリがすくすく成長し樹高、十数メートルになる」のを見守りたいと思います。

 ここからは、2010年4月のコラム風(武藤昭先生が書かれたもの)より引用させていただきます。
*この「被爆アオギリ二世」には次のようなメッセージが付けられていた。
 昭和20年(1945年)8月6日、爆心地から北東へ約1.3km、広島市中区東白島町の旧広島逓信局の中庭で被爆したアオギリは、爆心地側の幹半分が熱線と爆風により焼けてえぐられましたが、樹皮が傷跡を包むようにして成長を続け、焦土の中で青々と芽を吹きました。その後、被爆アオギリは昭和48年(1973年)に平和記念公園に移植されましたが、“平和を愛する心”、“命あるものを大切にする心”を後世に継承するため、この被爆アオギリが実らせた種を発芽させて育て、成長した苗木を「被爆アオギリ二世」と名付けて配布しています。皆さんの手で大きく育て、平和の尊さを伝えていってください。
 
 なぜ、修学旅行のあと学校に持ち帰れたかというと、旅行会社添乗員の長沢さんが原爆資料館で、ぼくに「被爆アオギリの苗木がほしい学校は、申し込み書を書けば、もらえます。どうしますか?」と聞かれたときに始まる。ぼくは、すかさず、「もらいます。持って帰ります。申し込みます。」と即答したのだった。
 学校へ帰り、しぜん広場あたりに植えようか、どうしようか迷い、結局、六年生の目につきやすい職員室側入り口付近で鉢植えにした、その頃、数枚桐の葉がついていたが、落葉高木なので次第に緑色の棒一本になってしまった。六年生の(今は中学校一年の)坂梨君は、
「校長先生、このアオギリの鉢を終業式なんかにキャスターに乗っけて、これは『被爆アオギリ』です。原爆にあっても元気に生き延びました。その子どもの樹がこれです、なんてお話ししたら」などと校長の話のネタまで考えてくれた。
 水やりに気を付け、清掃担当の永田さんも水をやってくださった。しかし、時に長期の休みなど水やりも間遠となり、樹の頂点にある生長点の芽も元気な赤っぽい色をしていたものが、茶色になり、根腐れを起こしたのかと、永田さんとも話していた。幼な葉は、まさしく桐の葉の形(桐朋のバッチの形)をしており、風にそよいでいる。今年の冬は厳しく、もうだめかと諦め半分だったけれど、健気に耐え抜いて遅い春に新芽を出した。被爆アオギリのたくましさを感じ、とても嬉しくなった。
 このアオギリがすくすく成長し樹高、十数メートルになるのはいつの頃だろうか。(職員室外側の出入り口にあるので見てやってくださいね)(2010年4月28日)

 武藤先生をはじめとしてアオギリを育ててくださったみなさん、ありがとうございます。

 

広島修学旅行[風Ⅱ-138]

 広島修学旅行に行ってきました。現地で、子どもたちと学んできました。
 被爆証言をしてくださった幸元さん、増岡さん、伊藤さん、山崎さん、碑めぐりでお世話になった山口さん、山岡さん、加藤昭信さん、三登さん、峠さん、松田さん、峰岡さん、加藤睦治さん、毒ガス製造や被害について話してくださった山内さん、他にもたくさんの方にたいへんお世話になりました。ありがとうございました。

 広島に来て3日目の夜、一人ひとりに感想を書いてもらいました。現地で心を動かした事実は何か、そのことについて自分らしく表現してほしいと思いました。
 「広島や長崎に落とされた原爆は多くの人たちを殺していけないことだと思いますが、日本も大久野島で毒ガスを作り、たくさんの人を苦しめて、今もそれで苦しんでいることを学び、日本は被害にあっただけでなく加害もしていたことを知り、私は戦争のことを知っているつもりでも全然知らなくて驚きました。」
 「私は広島へ来る前は、食べ物や家族、住む家などあるのが当たり前と思っていた。だけど広島へ来て山崎さん(証言をしてくださった)の話を聞いていると、食べ物、住むところなど確保することが難しくて、家族どころか19人もいた親戚全員を亡くしたと聞いた。私があると思っていたものは、戦争ではなかった。そう思うと今は平和だなと思う。でも本当の平和って何なんだろう?」
 「本当の建物、場所に行くと、原爆は本当に恐ろしいなと思いました。証言、碑めぐりも、どれだけ原爆、戦争の恐ろしさを僕たちに伝えたいかわかりました。」 
 「原爆ドームは負の遺産として世界遺産に登録されているから、一度行ってみたいと思っていたから行けて良かったです。」
 「爆心地から近い地下にヘルメットをかぶって行った。色々な物が壊れていて驚いた。」

 子どもたちと、実際にその場所に行き、見ること、触ること、話を聞くことで感じ、考えることが深まります。現地で学ぶことのすばらしさをあらためて感じました。
 いろいろな方から、「今度は君たちが平和のバトンを引き受けてほしい」と言われました。ここで見たこと、きいたこと、感じたこと、考えたことをお家の人や学校のみんなに伝えてほしいと言われました。

 今年は、核兵器禁止条約が採択された年です。ノーベル平和賞にICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)が受賞しました。子どもたちも書いていましたが、平和を築いていくため、自分たちができる取り組みをすすめていきたいと思います。 
 

第63回運動会 [風Ⅱ-137]

みなさんの力で準備が整いました本番前、さいごの練習。みんなであたたかく見守り、励まし合いました保護者のみなさまに支えられて運動会ができました朝、6時。いよいよ本番朝早くから、役員のみなさまにお世話になりました

 10月8日(日)、秋らしい青空の下で、第63回桐朋小学校運動会を開催することができました。
 ご来場のみなさま、運動会にお越しいただき、誠にありがとうございました。
 子どもたちへのあたたかい声援を最後まで送ってくださり、ありがとうございました。
 当日、前日までいっしょに準備をしてくださった保護者のみなさま、ありがとうございました。
 
 桐朋小学校では、子どもたち一人ひとりが運動会をつくりあげる立場に立って、自分らしく、仲間といっしょに活動することを大切にしています。一人ひとりが主人公となり、学校のつくり手となる根っこを育みます。
 開会のことばで、「自分の力を発揮してほしい」、「間違ってもいいから思い切り取り組んでほしい」、「仲間といっしょに今日一日をたのしんでほしい」などと伝えました。4年生、5年生、6年生は、大勢の人の前に立ち、責任をもって仕事をすすめました。予行練習と本番で、たいへんすばらしい姿が見られました。演技や競技では、これまで取り組んできた成果を発揮していました。
 
 初めて運動会を経験した1年生は、「『あらうま』のふりかえりのところをがんばるからみてね」、「『おかしおかし』のターンをみて」、「またころばないようにおうえんして」など、一人ひとり願いをもって取り組みました。練習では、上級生の取り組みをよく見て、「4年生のかいぞくがかっこいい」、「パートナー(5年生)のたいこの音がすごい」など良さをたくさん発見していました。
 前日までに、学級通信に書かれた一人ひとりの思いを読みました。「大玉リレーでは、5年生に大玉を早く渡したいな」、「ぼくはパイレーツの最初、側転がとっても苦手でした。でも練習をやるごとに、少しずつ上手になってきました。本番でうまく側転ができればいいです」(4年生)など。「まだ運動会で一度も勝っていないので、ぜひ勝ちたい」、「勝ち負け関係なく、楽しく踊ったり、大玉をしたりする。お弁当が楽しみ!!」(5年生)など、いろいろな願いが書かれていました。6年生は最後の運動会で、全力で取り組むという気持ちをききました。そうした願いが、本番のすばらしい取り組みからよく伝わりました。 
 みんなでいい運動会をつくることができたと思います。 

毎年、ありがとうございます [風Ⅱ-136]

園田青年会 金城さん園田青年会 元会長の宮里さん5年生の子どもたち

 今年も、5年生の子どもたちがエイサーに取り組んできました。運動会前日、沖縄の園田青年会より、宮里洋一さんと金城大輝さんが来てくださいました。桐朋の民舞を大切に育ててくださった市川直美さんも来てくださいました。
 
 桐朋小学校で、園田エイサーに取り組みはじめたのは1997年です。市川直美さん、古谷一郎さんが園田青年会のみなさんと出会い、エイサーを教えていただき、はじめました。それ以来、毎年、運動会前日に子どもたちといっしょに踊ってもらいます。
 子どもたちは、目の前で、園田青年会の人の踊りやうた、三線を受けとります。心に響いてくるものがたくさんあり、自分たちもやってみようという気持ちで、いっしょに踊ります。そこで子どもたちはぐっと上達していきます。園田青年会のお二人と、全体練習を午前中に行い、午後は、自由練習です。青年会の『にぃにぃ』たちが希望者に教えてくれます。ここでさらに上達します。子どもたちの吸収し、表現しようとする気持ちと力にいつも驚かされます。
 本番でも、いっしょに踊っていただきます。
 桐朋小学校の民舞では、可能な限り、現地の人やものと触れ合う機会をもって、本物を伝えたいと願っています。 
 
 園田青年会の元会長の伊波さんは、「リズムをつかむとか、三線、歌に合わせて太鼓を打つとか、改めて教えると、まばらだった太鼓の音が一つになってくる。それを子どもたちが分かるとまた楽しくなる。太鼓を打つのが楽しい。それを打つときのエイサーの醍醐味がわかる」と言われていました。
 エイサーに取り組みはじめて今年で21年目。伊波さんが会長だったときに「地元で育」んできたエイサーを「外に出」してくださいました。そこには、「不安と期待」があったそうですが、今ではとても良かったと言ってくださいました。
 今年も、園田のみなさん、市川さんに支えられて本番を迎えることができました。