研究所だより

二八のつぶやき〈第36・37回〉

2017年03月03日


東門のカンヒザクラの木が、
少しずつ花を咲かせ始めました。

濃いめのピンクといいましょうか、
紅梅の色といいましょうか、
表現力不足で申し訳ないのですが、
ぽってりとした愛らしい花が
木、いっぱいに咲き始めている様子に、
春の訪れを感じます。

そういえば、今日は三月三日、雛祭り!
(春ですねー。)

こちら「研究所だより」の更新は、
毎度のことながら滞っておりますが、
(恐縮でございます…)
Facebookの方は割とがんばっておりますので、
お時間ある時にでもご覧いただけたら
とてもうれしいです!
どうぞよろしくお願いいたします。

今回の『二八のつぶやき』の原稿を読んでいて、
どんな分野に関しても、先生方の探究心は
すごいな、と思いました。

「自分で問題をもって、
 自分で勉強していなくてはだめですよ」

……とは、桐朋学園の礎を築かれた、
生江義男先生の印象深いお言葉ですが、
先生方の胸に、今もずっと息づいているのだと、実感。

どんなことも自ら興味を持ち、
自分で知識を得、楽しんでいく。
 
その姿勢には学ぶことがたくさんです。

それでは、今年度最後の、
『二八のつぶやき』をどうぞお楽しみください。
 


〔2017 /  1  No.36〕


 
今、料理にはまっている。
我が家の諸々の事情(と言っても、
一番の理由は家族の中で私が最も帰宅が早いというだけだが)で、
週に4~5回夕飯を担当している。
 
もともと料理には興味があり、桐朋に就職してからの
長い独身時代にも結構まめに自炊をしていたことがある。
 
料理に興味を持ったきっかけは小学校6年生の時。
家庭科の授業で作ったほうれんそうのバターソテーと
みそ汁を自宅で作り、家族にふるまったところ、
両親も妹も「美味しい、美味しい」と喜んでくれた。
 
褒められると伸びる、というよりは調子に乗る私は、
俄然料理に興味を持ち、以来頻繁に母親の買い物に付き合い、
料理の手伝いと称してちょっかいを出していた。
 
今にして思えば、母親にとっては
「邪魔くさい」存在だったろうなと思う。
中高時代は部活が忙しく、そんな余裕もなくなったが、
大学時代は大学と自宅が近かったため、
昼は自宅に戻って取ることも多かった。
 
そんな時、今も続いている日本テレビの
「三分クッキング」を見ながら
「今日は俺が作るから食材だけ買っておいて」
と母親に頼み、夕飯を作ることもたびたびあった。
 
そんな体験が長い独身生活には大いに役立った。
今、我が家の諸々の事情で(しつこいですね)
頻繁に夕飯をつくるにあたって
一番心掛けていることは、いかに短い時間で
美味しい料理を作るかということ。
 
「男子ごはん」「きょうの料理」「損する人、得する人」
などの料理関連番組を録画し、
「栗原はるみのすてきレシピ」など様々な料理本を
買い込み日々研究を重ねている。
 
例えば、時短ということで言うと、タマネギのみじん切り炒め。
本来なら時間をかけてじっくり炒めたいところだが、
30分もフライパンに張り付いているわけにはいかない。
また、うっかり他の事に気を取られていると焦がしてしまう。
 
そこで、タマネギはみじん切りにしたら、
耐熱容器に入れ、バターをのせてラップをかけて
電子レンジで3分加熱。
これでOK,というか妥協。
 
息子の「これ、超うめえ!」、
妻の「あなた、これならお店開けるわよ!」
といった褒め言葉(おだて?)に乗せられ、
調子に乗った私は今日も朝から夕飯の献立を考えている。

 
(岸)
 
 
 

〔2017 /  2  No.37〕


 
私が地学を教えられるのも残り一年。
その地学教育が今、瀬戸際に立たされている。
桐朋はまだいい。
私の後任(小関先生)を採用してもらえたから。
 
大学で地学を入試科目にするところが
国立大学ぐらいしかないこともあり、
地学を専門とする教員を置いている高校は極めて少なく、
都立高校では五校に一人ぐらいで、
新規採用枠もなしというのが実状。
 
現在の学習指導要領で「地学基礎」が選択必修科目になったとはいえ、
地学分野を全く学ばずに高校を卒業していく生徒が圧倒的に多い。
 
宇宙、気象、地震、火山、環境、防災など、
科学ニュースの多くに地学が深く関わっている。
 
天変地異に対応して生き抜く力や大きな視点で
物事を観る力を養うためにも、
高校生全員が知ってほしい学問なのに。
 
私はこの四十二年間
「地学ほどおもしろい学問はない!」
という思いを伝えたくて授業に臨んできた。
 
中三での剣崎実習や高校での「星を見る会」も
本物に触れてもらいたくて継続してきた。
その思いが伝わったのか、これまで十名ほどが
大学で地学方面の学科に進んでくれた。
うち一人は現在、大学の教授(地質学)を務めており、
また別の一人はアメリカのアリゾナ大学で天文学科に進んだ。
 
昨年四月、高三紫のある生徒がやってきて
「国立を受けたいので、基礎科目ではなく
センター試験で物理と地学が必要なんです。
さらに二次試験も地学で受けたいんです。
桐朋では「地学」が設置されていないので、困っています。
特別に教えてもらえませんか?」
と懇願してきた。
 
「センター地学の全国平均点はこの二年、
41点、39点と極めて低いし、
ましてや二次試験となると無謀だよ。」
と答えると、
「それでも頑張ります」
ということで毎週二時間の特訓が始まった。
 
夏休みまではひたすら本物体験と講義、
九月以降は過去問にトライという方式で行なった。
 
地学は正解が見えにくい部分もあるので単なる暗記では通用せず
深く理解していないとまちがえやすい。
最初はまちがいが多かったこの生徒も、持ち前の知的好奇心旺盛さで、
一回も休まず粘り強く取り組んでくれた。
 
そして一月十五日の本番を迎えた。
翌朝弾んだ声で電話が。
「先生、地学満点でした!」
「それはすごい。地学で満点はほとんど聞いたことがないよ。
二次もこの調子でね。」
 
今までの中ではやりやすかった問題(全国平均53点)とはいえ、
よく頑張ったと思う。
二次試験も食らいついて、無事合格を果たしてほしい。
 
と同時に〝たかが地学、されど地学〟の存続を願いたい。 
 
(真野)

桐朋教育研究所のFacebook 始めました!

2017年02月08日


こんにちは。桐朋教育研究所です。

2017年始まりまして、最初の更新という事実に、
我ながら驚いている今日この頃です……。

ですが、何の理由もなく、
「研究所だより」を放置していたわけではございません!

ちょっぴり予告はしておりましたが、
実は、1月末より、教育研究所は、
Facebookを始めました!

今後は、Facebookにて、こまめに情報を
発信していきたいと思っておりますので、
どうぞよろしくお願いいたします。

アドレスは、下記のようになっております。↓
(「今日の真野先生」も、ご登場です!)

https://www.facebook.com/tohokyoiku/

これからも、桐朋教育研究所を、
どうぞよろしくお願い申し上げます!


 

二八のつぶやき〈第34・35回〉

2016年12月21日


年の瀬も押し迫ってまいりました。
こんにちは。桐朋教育研究所です。

今年最後の「研究所だより」更新になりますでしょうか…。
毎度、お久しぶり過ぎて申し訳ありません…。

ですが、きっと来年からは、
何かしらの形で頻繁に
研究所情報を発信する予定ですので、
どうぞ皆さま、お楽しみになさってくださいませ!
 
新規講座やワークショップのこと、
研究所の日常、桐朋講座の活動ご紹介、
季節ごとの仙川キャンパスの樹木みどころ、
そしてそして、「今日の真野先生」(←?)など、
コンテンツはたくさん企画中です!

なお、「二八のつぶやき」は継続して
研究所だよりに掲載予定です。
(二本立てが基本となるかもしれませんが…。)
 

さて、今回の「二八のつぶやき」は、
両先生とも、芸術論的な雰囲気の内容となっております。

おそらくは、はからずも…なのですが、
二本続けて読むとアカデミックな香りに
ふわっと包まれるような感覚になりました。

学校という場所にいるだけで、
先生方の知見に自然に触れることができ、
何気ないところで学びを得られる、
というのは、本当に得難いことだと思います。

というわけで皆さま、
時々は桐朋を、教育研究所を思い出していただき、
お気軽に仙川キャンパスに遊びにいらしてくださいね!
何か、発見があるかもしれません♪

それでは、2016年最後の、
岸先生の「つぶやき」と、真野先生の「つぶやき」とを
2本続けてお楽しみください!

 


〔2016 /  11  No.34〕


 
今年のナンバーワン小説はこれで決まり。
 
恩田陸の最新作、「蜜蜂と遠雷」(幻冬社)である。
 
500ページを超える大作であるが、
最初の数ページを読んで一気にその物語の世界に引き込まれ、
ワクワクしながら最後まで読み終えた。
 
物語は日本で開催される国際ピアノコンクールを舞台にした群像劇である。
 
養蜂家の息子で各地を転々とし、
ピアノを待たない謎の少年・風間塵(じん)。
 
母の死をきっかけに表舞台から消えた
元天才少女の栄伝亜夜。
 
妻子を養いながら年齢制限ぎりぎりで参加した
28歳の高島明石。
 
アメリカの名門音楽院の学生で完璧な技能と
スター性を兼ね備えたマサル・アナトール。
 
この4人を中心に、ある時は審査員の視点から、
またある時は家族や友人の視点から物語は語られていく。
 
一体誰が第一次予選から第三次予選を勝ち抜き、
本選に進むのか、優勝するのは誰か、といった点も
ハラハラドキドキ、充分な読みごたえがある。
 
しかし、それ以上に素晴らしいのは
音楽という文字では表現しづらい世界を
ものの見事に文章にしている点である。
 
試みに自分の好きな一曲(クラシックでもJポップでも)を
文章で表現してみるとよい。
どんなに好きな曲でもその素晴らしさを
言葉で他者に伝えるのは不可能に近い。
 
バッハ、ショパン、ラフマニノフ等々、
コンクールの課題になっている曲や
参加者が自由に選ぶ曲が次々に出てくる。
 
そしてそれらの曲をコンクールの参加者が弾く、
という場面が繰り返されるが、
どの場面も飽きさせることなく緊張感を維持したまま、
その曲の華麗さや重厚さといったものまでを余すところなく
描き出す恩田陸の筆力にはただただ脱帽するしかない。
 
また、主人公の4人をはじめとして、
登場する人物一人一人が実に魅力的。
天才的なピアニストなんていうと
一癖も二癖もありそうな人物を想像してしまうが、
すべての人が優しく、思いやりに溢れているのが
読んでいて心地よい。
 
長く厳しいコンクールの後に、
登場人物それぞれがかけがえのないものを獲得し、
新たな希望を見いだして終わるエンディングも最高。
 
ハラハラドキドキ、感動しながら、次は一体どうなるの、
といった小説の醍醐味がぎっしり詰まった作品。
一読をお勧めする。
 
(岸)
 
 
 

〔2016 /  12  No.35〕


 
この一ヶ月ほどの間に、二つの国宝級の壁画を
じっくり見学する機会に恵まれた。
残念ながら二つとも本物ではなかったが。
 
一つは上野の国立科学博物館で開かれている「ラスコー展」、
もう一つは奈良県明日香村のキトラ古墳「壁画体験館・四神の館」。
 
二つの共通点は、暗い空間内の壁に描かれた
芸術性の高い彩色壁画であるという点。
 
ただし、ラスコーは石灰岩地帯の自然にできた洞窟内、
キトラは人工的に造られた古墳内で、時代も全く異なる。
ラスコーは二万年前の後期旧石器時代、
キトラは七世紀末の飛鳥時代。
そこまでの時代差を感じないのが不思議である。
 
壁画を芸術として捉えると画材(どのような鉱物が使われたか)や
道具(どんな石器や筆が使われたか)に興味がわく。
もちろんそういった面からの研究も進んでいるが、
私が最も知りたいのは「何のためにこれを描いたのか?」
という点である。
 
キトラは古墳なので被葬者の魂を鎮護するためだが、
日本で四神を描いた彩色壁画が見られるのは、
ここと高松塚古墳だけである。
朝鮮半島の古墳には多く見られるので、
葬られているのは古代中国の四神思想を崇拝した
渡来系の高貴な人物であろう。
四神に注目が集まるが、私はやはり天井の天文図が気になる。
 
最近の研究ではこれが
「紀元前の中国で作られ、
数百年後に修正が加えられて海を渡り飛鳥にたどり着いた。」
ことが明らかになってきた(こしき23号)。
被葬者と大陸や半島との関わりをどうしても知りたくなる。
 
一方、ラスコーは謎だらけである。
クロマニヨン人はなぜあんなに不便で
危険な場所をわざわざ選んで、何の目的で描いたのか?
彼らがあの場所で生活していた痕跡はない。
描かれているのは六百頭もの馬、牛、鹿など。
 
よくある説は、狩りの成功や豊穣を
祈願するためというものだが、
彼らが主食としていたトナカイは一例のみなのである。
となると、馬や牛と彼らとの関係が
特別なものだったのかもしれない。
 
後期旧石器時代は、三万五千年前~一万二千年前まで
約二万年間続いたが、その間ヨーロッパの洞窟壁画の
主題となった動物は馬と牛のみである。
 
やはり馬と牛は時代と空間を超越して神聖な動物だった。
そして壁画は彼らの書物、叙事詩、歌だったのではないだろうか。
 
(真野)

二八のつぶやき〈第32・33回〉

2016年11月11日


皆さま、お久しぶりでございます。

……おかげさまで、桐朋祭における、
桐朋教育研究所バザーは盛況(たぶん)に終わり、
かわいらしいパッチワーク作品も、
これ、売れるのかしら…な疑問点満載の研究所グッズも、
ご来場いただいたお客様にお求めいただけました!

これもひとえに、体を張って、顧問をかってでてくださった
真野先生のおかげです!ありがとうございます!

来年はよりよい商品の研究と共に、
もっと存在をアピールしていきたいと思っております。

さて、余った研究所グッズですが、
販売許可をいただいたため、ただいま教育研究所内で
引き続きお求めいただけます。

一番人気は、「まのちばきしーる」!
(さて、こちら、どんな商品でしょうか?)

もしよろしければ、お確かめに、研究所にお立ち寄りくださいね♪
 
さて、秋といえば、
芸術の秋! スポーツの秋! 山登りの秋(←強引)!ですね!

「二八のつぶやき」秋スペシャル、
岸先生の「つぶやき」と、真野先生の「つぶやき」とを
2本続けてお楽しみください!

 


〔2016 /  9  No.32〕


 
マルクス・レームという義足のジャンパーをご存じだろうか。
 
彼はリオデジャネイロ・パラリンピック開会式でドイツ選手団の旗手を務め、
9月17日、走り幅跳びのT44クラス(片下腿切断など)で8m21をマークし、
パラリンピック2連覇を飾った。
 
自己の記録8m40の更新はならなかったが
素晴らしい記録である。
 
8mといってもピンとこない人も多いと思うが、
現在の日本記録が8m25。
それをはるかに上回る記録を義足で跳んでいるのが
いかにすごいことか、お分かりいただけると思う。
 
パラリンピック2連覇を果たした彼には、
更なる目標があるという。
 
それは、義足の選手として正式にオリンピックなど
健常者の大会に出場することだという。
 
今回のリオデジャネイロ・オリンピックでも
参加標準記録である8m15をクリアし、
オリンピック出場を切望していた。
 
しかし、「反発力の強いカーボン製の義足で踏み切ることは、
人間の脚で踏み切るより有利なのではないか?」との疑問が呈され、
 
国際陸上競技連盟は「義足に有利性がないことを選手自身が証明すること」
を出場条件として提示する。
 
彼は、専門家の協力も得て、有利性がないことを実証しようと試みるが、
いかんせん時間が足りず、連盟関係者を納得させるだけの
科学的データを集めることができなかった。
 
それでも「メダル獲得などは関係なく特別枠で出場を認めてほしい」
と願い出るが、それも却下。
やむなくリオオリンピック出場を断念。
 
「僕の目標は健常者と競いあってメダルを獲得することではなく、
オリンピアンと同じく、パラリンピアンも素晴らしいアスリートであり、
すごい努力をし、素晴らしい結果を出している選手が
たくさんいることを多くの人に知ってもらうこと」だと彼は言う。
 
国際陸連ももう少し柔軟な対応をしてもよかったのでは思うが、
それでも今後義足の有利性を検証する作業部会を立ち上げる、とのこと。
 
そのメンバーにはレームも加わるようだ。
充分な検証をして、ルール変更がなされ、レームの夢が叶う可能性もある。
 
来年の夏、ロンドンでは健常者と障害者の世界陸上競技選手権がそれぞれ開催される。
レームが両方の選手権に出場し、素晴らしいジャンプで
世界記録を更新する姿を見てみたいと強く強く思う。
 
(岸)
 
 
 

〔2016 /  10  No.33〕


 
今年も八ヶ岳に二度行くことができた。
 
7月に高二のキャンプ実習で編笠山に、
10月に高一の八ヶ岳合宿で高見石に登ることもできた。
 
特に編笠山には勤めてから15回ぐらいは登っているはず。
最近は還暦を過ぎ、さすがに体力の衰えを痛感。
登山中、生徒に「大丈夫ですか?」と言われてしまう始末。
それでも登りたいと思う。
 
さまざまな動植物や岩石との出会い、
何よりも山頂に立った時の達成感は何度でも味わいたい。
 
 
私と八ヶ岳との最初の出会いは高校時代(1970年)。
 
クラスの日(一泊)で桐朋学園八ヶ岳高原寮に行こうということになり、
さらに有志15名程で最高峰・赤岳に登ろうという話に。
 
翌朝、美しの森を経由して赤岳をめざすことに。
ところが雨が強くなり、一人脱落、二人脱落、
とうとう最後は私を含め三人だけに。
なんとか頂上小屋にたどり着いた時は、あたりは真っ暗。
若気の至りとはいえ無謀だった。
 
登山にリスクはつきものだが、遭難とは紙一重。
どんなリスクがあるかを十分理解したうえで、
自然の脅威やリスクと共存していくことが大切だと今は自戒している。
 
 
二度目の赤岳登頂は新婚早々の1978年。
どうしても妻に赤岳の素晴らしさを味わわせてあげたいと思い計画したのだが…。
 
横岳の鎖場で泣き出してしまい、なんとか赤岳登頂は果たしたが、
「二度と登りたくない」と言われてしまった。
 
 
三度目の赤岳は2000年。
桐朋の教員有志(5~6名)を募っての二泊三日での
硫黄岳→横岳→赤岳→阿弥陀岳、縦走。
 
この時、荒井仁先生が背負ってきた昔懐かしい大きなキスリングザックが忘れられない。
 
この〝山の会〟はその後4年続いたが、
印象的なのは2001年に南アルプス北岳に登った時。
 
登り始めてまもなく、飯島先生の片方の靴底がパカッと取れてしまい、
テーピングを巻いて登り続けたが、程なくしてもう片方もパカッと。
登行不可能ということで、一人で下山することに。
 
飯島先生は「来ただけ!(北岳)」
というエピソードがその後もずっと話題に。
 
山はいいねえ。
高原寮もいいねえ。
いつまでも存続してほしい。
 
個人的には桐朋退職後、ヒマラヤに行ってみたいと思っているのだが…。
 
(真野)

桐朋祭・2016!

2016年09月23日


皆さま、お久しぶりでございます。

なんと、明日・明後日は、桐朋祭です!
(この間、体育祭が終わったと思ったら!)

生徒の皆さんの活躍ぶりを、
どうぞ楽しみにお出でくださいね。

例年通り、セミナーハウスでは桐朋講座の方々が
作品展示をなさっていますが、
今年は、新たな試みとして、
桐朋講座のパッチワーク同好会の方が、
バザーを企画されています。

25日、日曜日の13時より、45分間、
本館ロビーにて開催いたしますので、
皆さまお誘いあわせの上、ぜひぜひご来場くださいませ!

(売り上げは、すべて、学園に寄付させていただきます)


さて、今回は、桐朋祭の一環として出店いたします。
というわけで、「顧問の先生が必要です」ということになり、
真野先生にお願いしたところ、快く引き受けていただきました。

そこで、せっかく真野先生がいてくださるのなら…と、
先生に特製の「学年色パッチワークエプロン」を
していただくことに!

(真野先生、ありがとうございます!)


ちなみに、こんなお姿です……。


↓ ちら。



かわいいーーー。\(^o^)/


先生、ふりふりのエプロンを、
完璧!に着こなしてらっしゃいます!

ぜひぜひ、かわいらしい真野先生に、
会いにいらしてくださいね♪



\ 来てね ♪ /