進路

卒業生インタビュー Vol.2

インタビュー02

保田 古都美さん Kotomi Yasuda 58期卒業生

勤務先:会計検査院

Profile

中学校から桐朋女子で過ごす(58期赤)。中高では書道部に所属。平成14年に桐朋女子高等学校卒業後、同年東京大学文科3類に進学。学部時代には1年間の北京大学交換留学も経験。平成19年に東京大学教養学部総合社会科学科を卒業後、同年、中央官庁の一つである会計検査院へ入庁。これまでに、病院・大学・沖縄振興などの分野に対して国から支出された補助金、交付金等の検査等を経験。各省庁が手掛ける政策の効果等を、国のおカネの使われ方という側面から検証する業務に携わってきた。平成24年から26年にかけてミシンガン大学(経営学修士:MBA取得)への留学経験もある。インタビューした平成27年時点では、内閣府に出向中。

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様々な将来の方向性に柔軟な学校

 私が桐朋女子を選んだのは、将来の方向性に対して柔軟に対応してくれる学校だと思ったからです。というのも、私は、小学校時代から桐朋学園大学音楽学部附属子供のための音楽教室に通っていて、当時からピアノの道に進むことを相当程度意識していました。一方で、人生の早い段階で将来の方向性をそこまで限定することに対して躊躇もありました。そこで、最終的に音楽以外の選択肢を選ぶこととなった場合にも幅広に対応できる(勉強の道へも軌道修正できる)学校として、桐朋女子を選んだという事情があります。……と言っても、正確には、中学の進学先を検討する際に、小学校時代の私自身がそこまで先のことを考えていたというわけではありません。当時、両親が娘の将来のことを考え、桐朋女子が良いのではないかと勧めてくれたというのが実際のところです。その点で、やりたいことを自由にでき、かつ、将来どのような方向を選ぶになっても柔軟に対応できる環境を検討してくれた両親に、感謝しています。

桐朋女子は「自由」か?~キーワードは、「多様性」と「主体性」~

 桐朋女子はよく「自由」な学校だと言われますが、私はそれには疑問を感じています。本当に自由な学校であるならば、例えば、制服は必要ないはずです。また、体育祭や文化祭等の各行事についても、生徒の手で主体的に運営されるという点では確かに「自由」かもしれませんが、前提として生徒には「イベントに参加しない」という選択肢は与えられていません。私自身は体育祭も文化祭も楽しんで参加していましたが、同級生の中には、これらのイベントに強制的に参加させられていると感じている子がいたのも事実です。このような点で、桐朋女子では無条件に「自由」が与えられているというよりは、「与えられた枠組の中での自由」という方がより正確なのではないかと個人的には感じます。

「多様性」

インタビュー02-5

 それはそうとして、桐朋女子の生徒や出身者が周囲からよく「自由」と言われているのは事実です。その背景には何があるのか。その問いに答えるキーワードはいくつかあるかと思いますが、最も大きいのは桐朋女子の「多様性」だと考えています。学校全体が生徒それぞれの違いに対して寛容というか、違っていることが当然という文化なのです。今は状況が若干異なるようですが、例えば、私が在籍していた当時、桐朋には海外在住経験者(いわゆる帰国子女のほか、小学校就学前に暮らしていたという子も含めます)が多くおり、クラスの中に10人前後は海外在住経験者がいました。出身地域も区々で、欧米圏のみならずアジアやアフリカなど様々な地域から来た同級生が多くいました。そうすると、授業内外問わず、生徒たちがこれまでに生活してきた地域での経験を話す機会もあったし、生徒それぞれが違った経験を持っていること、異なる意見を声に出して主張すること、自分がやりたいと思うことに自分が主体的に行動することに何の疑問もないわけです。そういった、日常生活の中で人それぞれの違いが当たり前となっている文化の中で、自分の考えをはっきりと発信し、行動に移す桐朋生像が出来上がるのだろうな、と推測します。

「主体性」

 このように、桐朋女子には授業内外を問わず、生徒が自由に主張し、自分たちの主体性に任せて行動する土台があり、その背景には生徒の多様性が大きく影響しているものと私は考えています。ただ、この土台が無条件に空気のように存在しているだけだったというわけではありません。学校生活の様々な場面で、生徒たちの主体性を促す仕組みが存在していたと感じています。
 その最たる例としては、体育祭・文化祭に代表される学内イベントの企画・運営に携わることや、生徒会執行役員として学内自治を担うことが考えられます。こういったことに携わる存在感の大きな生徒は、将来たくましい「自由人」として、自分の道を切り拓いていくことでしょう。
 ですが、これに限らず、どんな生徒も皆、主体的に考え、行動させられる機会が桐朋教育の中には組み込まれているように思います。例えば、授業の課題では、科目を問わず記述式レポートやプレゼン発表が多い。これらをこなしていくことで、自ら課題設定・調査アプローチ・結論を考えだす力が養われるのだと思います。また、中高6年間の集大成に近い高校2年の修学旅行(1週間の関西旅行)においては、一日の行動計画の企画立案担当を班員全員が曜日別に分担させられ、訪問先や各行程の時間配分等について全ての計画の責任を負ったというのも、良い例ではないでしょうか。これらの例に示されるように、普通に学校生活を送っている中で、どの生徒も必然的に自分の頭で主体的に考え行動に移す力を養えるように、桐朋女子のプログラムが構築されているものと考えられます。
 私を含め、桐朋女子の卒業生たちは周囲から「自由人」と形容される場面にしばしば出会ってきていると思います。それは、桐朋女子で育った生徒たちが、学校の枠を抜けて社会へ一歩出た際に、これまで桐朋でごく自然に身に着け、振る舞ってきた自分の頭で考えて主体的に行動するという点が、世間の人たちには「自由」と映るからなのでしょう。

今、桐朋女子で過ごしている人たちへ

 自分がきちんとしなかったことの反省として申しますが、学校から与えられる情報を十分に吸収する、これに尽きると思います。桐朋女子を卒業後、大学で出会った人たちの中で、私が惹かれた人たちは、ジャンルは異なれど、皆、自分が没頭する分野に全身全霊をかけている人たちでした。そういう人たちと話をしていて感じるのは、頭の中の引き出しの多さです。大学では、一つのことを議論していても、自分の主張を裏付けるために別の話題から事例を持ち出す頭の柔軟さを持ち合わせる人たちが多かったように思います。私と同年代で、同じように大学生なりたてなのにこの知識量の差は何なんだ、どんな高校生活を送ったらこんなヤツが出来上がるんだと愕然とさせられることが多々あったのも事実です。
 もちろん、「好きこそものの上手なれ」で、興味がなければ知識欲は湧かないし、頭にも入ってこないということはあります。でも、学校側で与えてくれる情報を、部分的にでも認識しておけば、後々に何らかのきっかけで興味が湧いた際に、自分で調べていく取っ掛かりになると思います。
 人生の中でも最も多感で、何でも頭の中に入っていく中高の時だからこそ、なるべく多くの情報に触れ、貪欲に知識を吸収していただきたいですね。

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